虚々実々日記

これは僕(古藤)が日々感じていること、考えていること、体験したことを日記風にまとめたものです。
一部フィクションもありますが、概ね晴れるでしょう。

最近、なんだか忙しい。新しい企画や数件のWebサイト立上げのお手伝い、某社の社史用のCD-ROM制作など仕事がたまってきた。犬の注射にも行かなければならない、その上、暑い。

しかし、よくここまで続いてきたものだと思う。僕は勉強するという才能がなかったので大学を6年かかって卒業している。僕はこれを6、3、3、6シ ンメトリー教育と呼んでいる。おまけに就職活動をする才能もなかったので、親に会社に勤めていると嘘をついて長らく肉体労働に従事していた。

神戸のポートアイランドの公団住宅建築現場で働いていた。木工場から内装をする大工さんに木材を運び上げて届ける仕事だった。当時は就職難という時 代背景もあって学生くずれの奇妙な連中がいっぱい集まっていた。僕はその中で親しみを込めて「かっちゃん」と呼ばれていた。なぜか、それは人一倍働かない ので「土方の中でもカス」ということで「かっちゃん」だったのだ。
僕の主な仕事は火守だった。木材の切れ端や残材を燃やす時に、消防法の規定で誰かついていなければならなかったので僕が大抜擢されたのだ。ただ、火を見つ めるだけのシュールな毎日を過ごしていた。たまに変わった仕事で「お茶を沸かす。」というのもあった。巨大なやかんのお湯が沸くのをじっと火を見つめて 待っているのである。
しかし、昼休みの時間になると僕は人気者だった。工事の進捗状況と日当たりに詳しかったので、「○○号棟の3階ベランダ」と的確なお昼寝ポイントが指摘できたからだ。
また、土方オリンピックの主催もやっていた。これはプラスターボード(壁に使う石膏ボード、1枚が1畳ほどの大きさで約5kgだったと思う)重量挙げ大会などの種目を決め、競い合うものだった。

2、3年前にその頃の仲間に偶然、電車の中で出会った。やっぱり、「かっちゃん」と呼ばれてしまった。
この人は元、関西では有名な舞踏劇団に在籍していた身長150cmの人で、顔は「こちら亀有派出所」の両津に似ている。
「おお、かっちゃん。元気にしてる?」と聞かれた。
「久し振り、元気やで。どうしてんの?」
「えっ、ああ、おれは人の病気を治してんねん」
「医者ってこと?」
「違う。おれが手をかざしただけでガンが治ったりすんねん」
「それで、お金とったりしてへんやろな」
「いや、も、もらってる」
「いくら?」

「…一回、500円」
「はぁ…?」

その後、会っていないが、どうしているのだろうかと時々思い出す。

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