虚々実々日記

これは僕(古藤)が日々感じていること、考えていること、体験したことを日記風にまとめたものです。
一部フィクションもありますが、概ね晴れるでしょう。

僕はかつて『クロイもん』と呼ばれる猫を飼っていた。
真っ黒な猫だったのでこの名前になった。子供達からは尊敬の念を込めて『クロイもんおじちゃん』と呼ばれていた。
動物病院の患畜の名前を書く欄には格好が 悪いので『クロ』と書いていた。
下腹部に三日月型の白い毛が這えていたので、僕は『下(しも)月の輪猫』に分類していた。

クロイもんは上の娘が1才くらいの頃にふらりと窓から入って来た。ひどく痩せたちっぽけな黒猫だった。
かわいそうに思ってエサを与えるとそのまま居着いてしまった。
そして、旺盛な食欲のおかげでみるみるうちに丸丸と太ってしまった。
ひどく喧嘩の強い猫で家の回りの動物を支配下においていた。
一度、その喧嘩を目撃したことがある。クロイもんと茶色のぶちの猫が睨み合っている。
相手の猫は威嚇するように低いうなり声をあげる。
しかし、クロイもん は一言も発しない。睨み合いが続き、相手の猫は苛立つように高く低くうなっている。
クロイもんは静かに堂々と間合いをつめていく。
そして、スーッと首を伸 ばし、相手の横面に自分の顔を近づけると「ニィャァオウ」一言だけ低くうなった。
相手の猫は飛んで逃げて行った。「カッコイイ…」僕はこの瞬間、クロイもんを尊敬してしまった。

近所のおばさんから「犬のエサを取って困る。」と苦情が出たこともある。
毎朝、犬のエサの時間になるとクロイもんが現われ、犬をおどしてエサを奪うのだと言う。
「すみません」と謝りながらも「…さすがだな」と感心してしまった。
そんなクロイもんだが、ひどく面倒見の良い猫だった。
家族が捨て猫を拾ってくるとはじめはひどく嫌がるのだが、結局、最後には面倒を見てしまっている。
オスのくせにおっぱいを吸わせたりもしていた。

さすがにゴールデンリトリバーのチャーが来た時にはてこずっていた。
「子供のくせになんで、こんなに大きいねん」という感じだった。遊び盛りのチャーがからんでいくと、しばらくは相手をしてやるのだが、段々チャーが興奮し てくると、鼻先に猫パンチをくらわせ「教育的指導」を行なっていた。
チャーはよく鼻先からタラーッと一筋の血を流していた。
チャーが大きくなってもこの関係は続いていた。
クロイもんが「さて、なわばりの巡回や」と家をでると、すかさずチャーが飛んできて大きな舌でベロベロと全身をなめまわす。相手が大きいのでなめられただけで、クロイもんはヨロヨロしてしまう。
しばらくは我慢しているのだが、チャーが遊ぼうとすると「そんな大 きい奴と遊べるかいな!」と猫パンチをお見舞いする。チャーはまた鼻先からタラーッと血を流していた。

どうも、クロイもんの父性愛はうちの子供にも及んでいたような気がする。
僕が休みの日に近所の公園に子供を連れて行くと、必ず後をつけてくるのだ。
そして、子供が遊んでいるのを茂みの中からじーっと見つめているのだ。
「こけたらあかんで。泣いたらあかんで」とでも言いたげだ。夜に家族で花火をするために出かけて行ってもついてきていた。じっと花火をする様子を見ている。猫の目に花火はどう映っていたのだろうか…。

一番、思い出に残っているのは子供と一緒に裏山に散歩に行った時だった。
二人で山道を歩いていると、目の前をどこかで見たような黒猫が横切るので 「クロイもん!」と声をかけた。
「ミィヤオ」とその猫は立ち止まった。人間の足で20分はかかる山の中になぜクロイもんがいたのか分からない。
たぶん、ど こかの犬をまたおどしていたのだろう。
クロイもんは先頭に立ち、坂道を少し降りるとこちらを振り返って「ミャオ!」とないた。
どうも「こっちや!」と言っているようである。そばに近づくと、歩き出す。しばらく行くと、またこちらを振り返り「ミャオ!」となく。
それを繰り返すうちに次第にいつもの散歩道からはずれていく。
クロイもんはどうも僕たちが道に迷っていると思っているようだ。誘導されるまに歩いていくと 階段にたどり着いた。
クロイもんは階段を駆け降り、こちらを見上げてまた「ミャオ!」とないた。
促されるままに階段を降りていくとそこはよその庭だった。 今さら引き戻すのも面倒臭かったので、庭を横断し玄関から出させていただいた。誰にも気づかれなくて良かった。
玄関を出ると、そこは見慣れた近所の道だ。クロイもんは「これで帰れるやろ!」とでも言いたげに「ミャオ」となくと走り去ってしまった。

クロイもんは10才の時に猫エイズにかかってしまった。最後はチャーの犬小屋の中でチャーの尻尾にくるまって死んでいった。事情の分からないチャーはクロイもんの体をいつまでもペロペロとなめ続けていたが、クロイもんの『猫パンチ』が飛ぶことはもう無かった。

…釣りに行って魚をさばいている時に、いつも横で待っていたクロイもんのことを 思い出してしまった。いい猫だったよな。

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